森谷司郎「首」(ネタバレあり)

 CSで。今井正の「真昼の暗黒」と同じく、正木ひろし弁護士の手記をもとに、橋本忍が脚本を担当したドキュメンタリータッチの佳作。扱われているのは当然実際に起こった事件である。昭和十八年、舞台は茨城の炭坑。一人の炭坑夫を警官が拷問死させるが、「心臓マヒ」として処理。警察の死亡診断に不審を抱いた正木は、検察に検死を依頼する。ところが検察もまた警察の隠蔽工作に荷担し、正木に残された手段は、墓を暴き死体の首を持ち帰って*1、民間の医師に再検死をさせることだけ。もし再検死によって冤罪という証拠が出なければ、正木は死体損壊などの重罪に問われる危険な賭けだった。
 こうして書いてみると(実話なんだけど)骨太の優れたストーリーだと思う。今でもテレビの社会派ドラマでも通用する話じゃないだろうか。ただ、出来上がった映画はまともな「社会派」のサスペンス映画には見えない。
 あくまで俺の印象なんだが、開巻十分を過ぎる頃から小林桂樹演じる正木のキャラの異様さが気になってきた。正義のために執念を燃やす人権派の弁護士というより、粘着質の頭のおかしい人間に思えてくるのだ。正木から「再検死のために墓を暴いて首を切る」と聞かされた周囲の人々は当然驚いて制止するのだが、正木は絶叫する。
「死骸が……死骸が腐りかけてる……死骸が叫んでる……このままでは体が腐るッ! 早くこの首を切ってくれッ……いや、腐っていくのは奥村*2の死骸じゃない……このままでは、僕の体や心までが腐っていくッ!」
 死体と自分を同一視する弁護士。俺が死体で死体が俺で。この映画は単にこの主人公の良心を描いているだけではなく、罪を暴こうとする側が、罪を犯す側の狂気につかの間踏みこんでしまう姿を描く意図があったのではないか。現にすべての作業を終えた後で、「今回のことで、今後の君は人間が変わってしまうのではないか」と先輩の弁護士に言わせている。そしてラストでは、戦後、八海事件の弁護を担当する主人公が、法廷で犯行の手口を説明している。「こう! こう! こう!」と、絶叫しながら模型の首に出刃包丁をザクザクと振り下ろす。悲鳴を上げて目を背ける傍聴人。そして「終」のテロップ。
 この妙な後味の悪さよ。とにかく小林桂樹の演技が出色で、ツーカーのCMの好々爺しか知らない青少年にも是非見てもらいたいのだが、今までビデオ化もDVD化もされていない。なんか事情があったんですかね。大久保正信扮する解体人もいい。

*1:当時、日本の山間地方では土葬が一般的

*2:被害者の名前